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時刻は夜の22時過ぎ。濡れた髪をタオルで拭いながら、仲の良い友人と通話しているときだった。畳む
「今からこっち来ないか?」
一言だけのメッセージ。こっちが今どこで何をしているかの確認もない。彼がどこにいるかも、なぜ呼んだのかの理由も何も書いてない。
通話相手の友人に報告すると「絶対身体目当てじゃん」と呆れたように笑われた。そうだよね、と一緒に笑いながら返信を打った。
―ーそしてその数時間後、私は終電に乗って横須賀駅に向かっていた。
せっかくお風呂に入って汗を流したのに、素肌がまた汗ばんできている。風呂上がりの素肌に化粧をして、髪を乾かしてセットして。馬鹿みたいだ。どうして来てしまったんだろう。
千葉くんからの誘いはいつも急だ。こうやって夜に呼び出されることも少なくない。普段はめったに返信も返ってこないのに、いきなり今から来いなんて言われると、腹が立つのについ彼のもとに駆けつけてしまう。この機会を逃したらもう次にいつ会えるのか分からないと思うと不安で。
夜に呼び出してくる男は信用できないと前に雑誌で読んだ。十中八九身体目当てだからと。友人も同じことを言っていたし、どっかのインフルエンサーも同じことを言っていた。
いつも、「仕事が忙しいんだよ」と彼は言う。そして彼の仕事の話を聞いているとどうやら忙しいこと自体は本当らしい。もしかしたらまんまと騙されているのかもしれないけれど。
そうやっていつもひとりでぐるぐると悩んで、何も解決しない。かといって直接聞く勇気はない。好きです、だなんて大怪我覚悟で突っ込めるほどの無鉄砲さも持ってない。
私と千葉くんはまだぎりぎり友人と呼べる関係で、それ以上のことはしていない。それだけが最後に残された希望のようなもの。
いつものバーにたどり着き、鏡で化粧が崩れていないかチェックしてから重い扉を開いた。店内を見回すと、カウンターの一番端に、見覚えのある大きな背中があった。
「来たか」
千葉くんは私を見つけるとにやっと笑った。彼の前にはライムの入った背の高いグラスがあり、暗い照明でもわかるくらいに顔が赤い。もうすでにずいぶん酔っているようだった。
「もう、こんな時間に呼び出して。終電で来たんだから」
「ふうん。じゃあなんで来たんだ?」
私が答えられないでいると、千葉君はまたにやっと笑って煙草に火をつけた。
「かわいいな、お前」
「ねえほんとうざい」
「はいはい。なあ、そのリップ新しいやつ?」
「うん」
「似合ってる」
ああもう、またこうやって、完全に千葉くんのペースに振り回される。
くだらない話をしながら飲んで、酔いが回ってきた頃にバーの閉店時間がやって来た。
始発まではまだ遠くて、どこかへ入るには遅すぎる。酔い覚ましに近所の公園をぶらぶらと歩いた。
火照った体に夜風が当たって気持ちいい。もうずいぶん夜も更けてきたからか、辺りには人っ子一人見当たらない。カップル達はもうとっくに今日の結論を出して朝まで一緒に居られる場所に行くか、それぞれの家へ帰るかしていることだろう。こうやって中途半端に漂っている男女が、この街にはあと何組いるんだろう。
「キスしていい?」
会話の延長みたいにさらりと千葉くんは言った。
「なんでわざわざ聞くの」
「後から無理やりキスされたとか言われたら面倒だからさ……冗談だよ、そんな顔するな」
長い指先がとんとんと私の眉間を小突いて、そのまま髪をさらりと撫でた。
「……なんでキスしたいの」
「したいから」
私が喜ぶような言葉をぽんぽん与えてくると思えば、肝心な部分はのらりくらりとかわす。
くいと顎を持ち上げられて、親指で唇に触れられる。
拒否すればこの関係は途切れるんだろうか。
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